Señor Kei "ANTIGUA REPORT"  (No.8)
( 渓さんの「アンティグア・レポート」)



注: 文中の斜体字は今回の掲載にあたって注釈などを追加したものです。

***** 第 八 回 *****

死者の日、凧揚げ、お墓、騒音、フィエスタ花火、etc...

22 de Noviembre 1997

 アンティグアレポート第七回目をお送りしてから早二ヶ月が経ってしまいました。ご無沙汰を致しておりますが、お陰様で変わりなく過ごしております。皆様方もお元気でご活躍のこととと拝察致します。秋も終わりそろそろコートがほしくなった頃かと存じます。もう少しで師走に入り、忙しく過ごすうちにやがてクリスマス、そしてお正月も目と鼻の先です。季節の移り変わりと共に恒例の行事がやってくるということはやはり良いものだと思います。こちらでも一週間程前からテレビ、ラジオそして街角からクリスマスソングが聞こえるようになりました。4、5日前頃から空気が澄んできたようで、長引いた雨季もやっと終わったかなと感じます。碧い空と白い雲、肌を焦がす強い太陽の季節が又巡ってきたようです。しかし今までと違って朝晩は肌寒く感じられる日もあります。最近は皮ジャンパー、セーター姿をよく見かけますがその隣にはランニング、タンクトップの人がいたりしますのでどっちがこの季節の本当の服装なのか思わず首を傾げてしまいます。
 季節の移り変わりがあまり感じられぬ常春の地ではありますが、植物は少しずつ変化をみせております。セマナサンタの頃、美しい紫の花を沢山つけていたハカランダの木が葉を落とし寂しく思っていたのですが、いつの間にか若葉をつけそれが日増しに色濃くなって開花の準備を始めたようです。しかし今はそのハカランダの花よりもう少し濃いめの紫の花「ナザレノ」がここそこに見られます。ナザレノは本来イスラエル北部の地ナザレの人、初期キリスト教のナザレ教徒、またセマナサンタの行列でフード付きのマントを着た人などを指しますが、この花もそれぞれに馴染みの紫の色からきた名前なのでしょうか。それほど多く見かけられぬとはいえ、ハカランダの開花迄の代役と言ってはもったいない美しい紫の花です。その他にこの時期色鮮やかなオレンジ色の花、その名も美しい「コヤールデラレイナ(女王の首飾り)」もよく見かけます。そして数は幾分少なくなっているとは言えブーガンビリアは相変わらず美しい姿を見せております。アンティグアのコロニアル風の街並みとこの花の点景がNavidad(クリスマス)と果たしてどうマッチするか今から楽しみにしております。
 それでは今回は「死者の日」、「凧上げ」、「お墓」、「騒音」、「フィエスタ」、「花火」についてお話ししたいと思います。コスタリカ共和国・ホンジュラス共和国と旅をしたので、このことについてもご報告いたしたいと思いますが、いづれ機会をみてお知らせ致します。


<<死者の日・凧上げ・お墓>>

死者の日の凧上げ(17KB)  11月1日は「死者の日」で休日になっています。正確には11月1日が「諸聖人の日」で2日が「死者の日」なのですが、1日にまとめて休日になっているようです。「日本にも死者の日はあるの?」と聞かれ、「ありますよ」と言いました。すると「じゃあ、それは何時?」、とっさに「8月15日」と答えました。お盆のことを意識してでた返事です。当たらずと言えども遠からずで、ここの人も二日間に渡ってお墓参りに行きます。お墓のことはこの後述べますが、その前にこのアンティグアからグアテマラシティに行く途中にサン・ルーカスがあり、そこから少し脇道に逸れた所にあるサンチャゴ・サカテペケスという村があります。この村で11月1日に凧上げ大会があるというので見物に行きました。遠くではないのですが交通の便が悪いので、定期バスで往復120円位のところをボロバスとはいえ定員制の特別仕立のバスに高い金?(480円)を払って出かけました。凧上げ会場はサカテペケスにある墓地の中です。既に沢山の人がいましたが近隣近在から次から次へと押しかけます。ゲートの手前とその先にはテント張りの俄か仕立てのレストランが焼肉の煙を上げながら音楽をがんがん鳴らしてお客を呼び込みます。ゲートの近くにあるのは小屋程もあるコンクリート製の白く塗装されたお金持ちの人のお墓がまとまってあり、それぞれ花で飾られていますが早くから来た人はその上に登って弁当を広げ飲物を飲みながら凧が上がるのを待ちます。棺桶型の土饅頭(土を盛ってあるだけのお墓)は貧乏人というか一般大衆ものです。そこが凧上げの場所で小さな凧が上がり始めていて、すでに上手くいったものは結構高く上がっていましたが、その後は風が無く思うようにいかないようです。大変な思いをして運んだ大凧は組み上がり、立ち上がって綱を持った人たちがリーダーの一声を待ちます。日本の浜松の大凧も伝統的な行事として知られ美しい武者人形等が描かれていますが、ここの大凧は直径8~10mの円形又は八角形が大半で色鮮やかな幾何学模様か宗教画のようです。これが上がったらたいした見物なのですが中々良い風が吹きません。私たちも俄かレストランでビールを飲み焼肉を食べながら待ったのですが、とうとうどの大凧も上がることなく帰りの時間がきてバスに戻りました。その間、一寸どこかの大凧が上がりそうな気配がすると見物客はどっと移動するため、端を奇麗に飾った土饅頭の墓は踏み荒らされ無残な姿になってしまいました。この凧上げは先住民インディヘナの伝統で、彼らの親しかった人が亡くなると、その魂は凧に乗って住み慣れた懐かしい地の大空を自由に鳥のように飛び回り、また凧の紐を通して先祖と話ができると信じられています。この二日間が終わると凧の出来映え、飛翔の高さ・時間などが勘案されコンテストの結果が発表され表彰されます。今回多くの凧は上がりませんでしたが、大凧も見られましたし、私どもは満足してアンティグアに帰りました。
 翌2日の死者の日にアンティグア市内にある墓地の見学に行ってきました。市の西側にメルカド(市場)がありますが、その雑踏を通りその向こう側の広い空き地を斜めに南西方向に通り抜けると、市の外周道路に面して墓地の入口があります。墓参の人が多いせいか入口には屋台が沢山出ていました。門を抜けると広い参道の突き当たり正面に慰霊の人がお御堂がありました。そこまでの左右の幾筋も長く道が伸びそれに面して大きなお墓が並んでいました。墓石とはいえないほど小屋程もある大きなお墓で、コンクリート製ではありますが、作りも立派で純白に塗装されています。そのお墓に一つだけしかご遺体が納められていない贅沢なものもありますが、大抵はご家族〔一族〕何人かが納められているようです。そのことは墓碑に記されたお名前と亡くなった年月日からも推測されます。沖縄にも亀甲墓と呼ばれる大きなお墓が多く見られますが、立派なことでは沖縄、見た目の美しさの点ではこちらでしょうか。今日は死者の日でもありどのお墓も美しい花が供えられていました。そしてそれらのお墓の奥、お御堂の左右、後ろには一般大衆のまるでマンションのように棺が5、6段程縦に納まるように作られたお墓がずーっとつづきます。上の方のお墓にお参りする人は梯子を掛けてお花を供えていました。アメリカでもこうしたタイプのお墓がありますが、こうしたコンクリートの中でご遺体が腐っていくとかミイラ化していくとか想像しただけでもぞっとします。サカテペケスのように土に返っていく方が自然でいいですね。


<<騒音・フィエスタ・花火>>

 アンティグアのコロニアルタイプの建物のいい点は、通りに面して部屋がある場合は別として、普通は懐が深いというか奥行きがあり、高い壁にかこまれているせいもあって外の音は中まで聞こえにくく、目抜きの通りのレストランでも静かに食事が出来ます。しかしこちらの人は騒音に無頓着というか大きな音をあまり気にしません。バスは古いせいもあります黒煙を上げすごい音をたてながら走りますし、車中ではヴォリューム一杯に音楽を流します。そして何かあるごとに公園には馬鹿でかいスピーカーが並び、鼓膜が破れる程の音量で演説をし、音楽が氾濫します。それでも眉をひそめる人は無く平然とベンチに腰掛けています。
 フィエスタ(Fiesta)とは祭り、祭典、パーティー、祝日、儀式のことです。公のフィエスタの外、個人的なこともフィエスタといいます。ラテン気質というか人々はフィエスタが大好きでどこかで絶えずフィエスタがあります。フィエスタに付き物は音楽と花火で、その音で皆にフィエスタのあることを知らせる、あるいは知らせたいのでしょう?花火は日本の様に立派ではありませんし大規模のものは見られないようですが、爆竹は派手にやります。本来爆竹を鳴らす習慣は無く中国系の人が広めたのがこちらの人の気質にマッチしたようです。朝5時前でも夜10時過ぎでも平気で鳴らします。慣れるまでは機関銃の打ち合いでも始まったかとびっくりしていました。今では周囲のことを考えない、その無神経さに腹が立ちます。
〔銀行や宝石店、ファーストフードのお店の前にはショットガンを持った警備員がいますし、また、現在のところ政治的に安定しているとはいえ、つい最近までゲリラとの内戦を経験している国柄なので旅行者の多くははじめて爆竹の音を聞いたときは誰もが驚かされます。〕

私のファミリアの隣の家は何家族かの寄合い所帯のようで20人以上の人が生活しています。誕生日とその他のフィエスタで毎月最低2回以上爆竹を鳴らしますし、夜11時過ぎでもヴォリューム一杯に音楽を流し、フィエスタを楽しんでいるのです。そこの家族にも年寄りや赤ん坊も居るでしょうが頓着なしです。うとうとしている時にバリバリ・ガンガンときますと爆弾でも持っていたら投げ返したい気になります。でもこちらにはこんな諺もあります。「縁無き隣人からの尊敬は静寂にある」、要するに少しくらいのことは我慢して静かにしておれ!ということでしょうか。

発信人 アンティグアの寅さんこと 小泉 渓