“ちょっと覗き見、アンティグア”



プロローグ

グアテマラへ行きたい。
アンティグアの街に立ってみたい。

中南米にむかう旅人たちがホッと一息入れる街という
この先の旅に備えてスペイン語を仕込んで旅立つ街という
マヤの大地を征服してきたスペインの
植民都市のモニュメント、アンティグア
中世の街がいまに生きている街、アンティグア
ふと手にしたトラベル情報誌にシビれた。
政情不安定だが治安良好という。これだけでもういい。
こらえ切れなくなったように飛び出していた。
ア、また、フライングだ。

成田からニューストンで乗り継ぎグアテマラシティへ、夜も遅い。ここで一泊。

グアテマラシティの喧騒を後にオンボロバスに揺られて一時間。
さあ、アンティグアだ。


はじめまして、アンティグア

 途中のりこんできたアメリカ娘?ジジイの席に三人目の尻を押し込んできた。「どちらから」、「カリフォールニャ」と握手の手が伸びてきた。頼りなさそうなジジイを街の中心まで案内するという。石畳の路を五分ばかりでセントラル・パルクに着いた。サンキューベリーマッチ。ずいぶん賑やかです。今日は金曜日。カンケイないか?
 さてと、これからだ。たった一つの頼りは、スペイン語学校を経営する日本人「マコトさん」~地球の歩き方~を読んで知っただけ、すべてはこれから。タクシーで学校へ。居た、しばらくして帰宅のマコトさんに月曜日から四日間の体験入学、ホームステイのお願い。いきなり飛び込んできたジジイの希望はたちまちオーケー。もう少し苦労するかと思っていたのに、なんとあっけないこと。
 ステイ先のお母さんの案内でゲストハウスに到着。建て増しの部屋らしく粗末な感じだがまあ、広さは充分すぎる。お父さん、土曜日の明日はステイの連中と家族でケツァルテナンゴまでドライブするという。日本のジジイも参加。
 午後六時、夕食の時間になって全員がそろいました。アメリカの夫婦二組と女子高生?イギリス親父とノルウェー娘、日本のジジイを入れて八人。「日本からです。東京と札幌の間の仙台です」「…………?」サッポロどうこう言っているようですが聞き取れません。マ、エエが。
 夫婦二組は食事の前のお祈りをじっとやってます。いきなりかぶりつくイギリス親父と日本のジジイ。娘二人はお祈りが終わるのをジっと待っています。給仕をつとめるお母さんマルタはこぼれ落ちそうな大きな目で客の反応を見守っています。


ケツァルテナンゴへ

 アメリカ夫婦二組、ノルウェー娘と日本のジジイの六人にプラスお母さんマルタと娘のジェニファー。アメリカのお父さん、歳にもめげず飛ばします。案内標識があちこちいい加減なのか、マルタが窓から身を乗り出して地元の人に聞いています。ジェニファーがドライバーに英語で説明。親子二人のナビゲーターも楽しそう。
 午後二時、グアテマラ第二の都市ケツァルテナンゴで遅い昼食。アメリカ夫婦はどこかへ消えた。?マルタ親子とノルウェー、ジャパンはフライドチキン屋へ。こちらのリーダーシップはノルウェー娘が握ったよいといううです。日本のジジイは、みんなに合せて何でも食べて、何でもウマ雑食性人種のよう。
 グアテマラの道路事情を少しばかり、見たままを。道路はどう見ても立派とは申せませんが、わだち、ひびわれも少なく交通量に比べればこんなもんで充分でしょう。大きな交差点はロータリー。ブッ飛ばしていると思っていたら急にスピードダウン、ナンダっと身構えると段差ありの標識が。住居が張り付いてくるとあちこちにハンプが仕掛けてあります。これでは迂闊には飛ばせません。マヤ系先住民インデヘナは荷物を頭に乗せて道路の外側をひたすら歩き続けています。
 午後八時、アンティグアに戻りました。今夜の食事はドライブのためにと買い込んだパンや缶詰、アメリカ爺さん、ピクニック、ピクニックと今日の満足を強調しています。今日一日の割り勘、しめてUS$15。何と幸せなことでしょう。


アンティグアの日曜日

 明けて日曜日、夫婦二組とゲストハウス一家は教会へ。アメリカ娘デビーは起きません。あぶれた日本ジジイはノルウェー娘ノーバを誘って街へ。
 アンティグアは、マヤ系先住民の地を征服してきたスペインが三番目の首都として十五世紀半ばにつくり、人口六万人を数えたという。十七世紀後半の大地震で壊滅状態に、首都は現在のグアテマラシティに移された。当時、市内には三十二の壮麗な教会、そうして小聖堂、礼拝堂それに大学や総督府、軍事施設などがあったという。いまでも、巨大な廃墟がそこかしこに残り、アメリカ大陸征服のモニュメント都市として史跡指定され、中世期の景観を今に伝え、内外からの訪問者が絶えないという。~以上「地球の歩き方」から抜粋~  街の入り口バスストップまではアスファルト舗装、街の中は中世そのままの石畳、壊れた街路の修繕は石ころを敷き並べ木槌でつき固めている。街区はきっちり格子状に区画され、石塀の内部は中央に噴水を配置した中庭をもつ、いわゆるコロニアル風の建築でそのままホテルなどに使われていて、まるで中世に足をふみこんでしまったようだ。いくつかの教会など今も修復が続いている。街の端から端まで歩いても二十分もないくらい、歩くに丁度の大きさ。
 この街はグアテマラ観光の拠点、旅行者にとって素通りできない街というだけあって、街の中心部には銀行、ホテル、レストラン、カフェテリア、スペイン語学校がひしめいている。そのほかにも博物館、画廊、土産物産、アンティークショップなどが石造りの建物の中にびっしり。土産物を売る先住民女性は色彩豊かな民族衣装を身につけ観光客の集まる広場を彩る。好奇心は冷めるひまもない。この街へきたのはやはり正解だった。雨に降りこめられてホテルのカフェテリアへ、中庭を巡る回廊では民族衣装を着たおじさんたちがマリンバを演奏している。アンティグアの日曜日もそろそろ終わりです。


スペイン語学校

 月曜日、スペイン語学校ATABALへ。八時ジャスト、リディア先生出勤。いきなり始まりました。粗末な机をはさんでマンツーマン、こっちが分らないって言ってんのにコンニャロ、いやこのオバさんどんどん進みます。介在する言葉は英語、少しはこっちのペースになってもらえないかなー。
 十時、三十分の休憩時間、両替と写真DPEに。マコトさん「先生に一緒してもらったら」にリディアと街に。
 銃をもった警備員が入り口とカウンターの脇を警護している銀行で両替。今日のレートは、Q(ケツァル)7.6=US$1。
 DPEも終わって彼女とコーヒータイム、彼女はしっかりとケーキをつけてます。中庭がいい感じ、まことにゆったりとくつろぎタイムです。「勘定を」「Q11」リディア先生「チップはQ2にすべきよ」と言っています。二人分でこれは安いの?高いの?リーズナブル?ケツァルの価値は内容ありますネェ。
 リディア先生は大変なようです。四日間という日数が問題なのかも知れません。彼女の力不足なのかも知れません。いずれにしても、ものわかりの悪いジジイに手を焼いているのは間違いなさそうです。三日目、リディアとの相性がいまひとつ足りないのではとマコトさんに相談。午後の二時間、別の先生に教わることに。
 カルロタ先生、分ります。これまで何のことやらと思っていたことがクリヤーにすっきりと。これで体験入学してみてよかったと納得して帰れそう。
 四日目のリディアはもう気楽です。勉強よりも街の散策にと誘っています。


アンティグアの日本

 アンティグア中心街はクルマ、クルマ、車。車道のすみに乱雑に止められた車の間をすり抜けて車は進んでいく。あふれる車のほとんどが日本車。トヨタ、マツダ、ミツビシ、ニッサン、スバル、ホンダ、スズキ……。それにしてもオンボロばっかり、走っているのが不思議なくらいに崩れかけた車も。ベンベ、メルセデスなどヨーロッパ車、アメ車はたまに見かけるだけ。
 DPEはフジとコダックが向かい合っています。ノーバはフィルムはフジがいい。焼き付けはコダックにすべきと絶対に譲りません。二年間の写真学校、いまはプロカメラマンとしてヨーロッパを主に活動しているというノーバの言葉は無視できないでしょう。  ATABALの先生たちは日本製のモノへの関心で一杯のようです。フタが外れかけている携帯用目覚まし時計でも、SEIKOの文字がお気に入りのよう。とにかく、車、カメラ、時計、テレビ、ビデオなど日本製が街を占領している。
 アンティグアには五十人ぐらいの日本人が住んでいるという。日本で学校が休みになる季節には倍ぐらいに増えるというが、街なかで日本人らしい人は見かけることはなかった。こんなに日本のモノが溢れているというのに何か変な感じです。ATABALの学生たちもどこかでひっそり暮らしているのやら。


クリマコ家のくらし

 ゲストハウスを経営するクリマコ家の話しを少し。幅十二メートルほどの街路に沿って石塀が続く。クリマコ家の間口は十メートルもあろうか、大きな二面びらきの木のドア、隣にもう一つドアがありオフィス兼用の客室に。まあ、ごく普通の中流の家庭のよう。
 家族はエドワルド、マルタ夫妻にフローラ、ジェニファーの二人の娘。ついでに飼われているマスコットを紹介しよう。富士山に似たアグア火山を正面にし、眺めのよい屋上に住む足の長いシロブチ犬、オーリー、マルタとハレルヤを合唱するインコ、晴れた日だけ中庭に連れ出されるイグアナ、どうなっているのかよく分らない亀。四人と四匹に八人の下宿人をかかえるクリマコ家。
 アメリカの夫婦に二部屋、デビー、イギリスおやじ、ノルウェー娘とハポネスジジイと六部屋を下宿人に占領されて、四人と三匹は残りの一部屋にかたまって暮らす。これが観光都市アンティグアでの豊かな暮らしかたなのかもね。
 クリマコ家の家族は敬虔なカトリック信者のよう。家の軒さしに下げられた古新聞で作った人形や廊下におかれた木の動物の不細工さにも宗教が匂う。感謝をこめた食事どきの祈りなど、うちの孫にもやって見せたくなってきた。
 ジェニファーは十一歳。朝七時、客人たちの食事の時間、エドワルドはジェニファーを学校に送っていく。帰りの時間にはマルタが迎えに。学校が終わると英語塾、スイミングスクールに。教育熱心なクリマコ家のなかでジェニファーは幸せそう。


アディオス・アンティグア

 たった一週間のアンティグアだったが、いい街だった。はじめての街なのに、何か気のおけない懐かしさを感じさせる。訪れる客人たちも、ここでは皆おっとり、ゆったりと過ごしている。食事の内容も豊か、日本のジジイの味覚を満足させてくれました。十四食ぜーんぶ内容を変えてくれたマルタ、フローラありがとう。夕べは最後にアップルパイのスペシャルメニュー。アメリカ爺さんテツロのためのスペシャルメニューと念を押してくる。分っている、表現が足りないってんだろう。今やるよ。「グラシアス ムーチョ グラシアス」
 「明日、日本に帰ります。皆さんの親切に感謝している。さようなら」とスペイン語でリディアに書いてもらった。読み上げるつもりだったが、照れくさいのでやめた。皆に見せた。うなずいた。アメリカばあさんに肩から抱きすくめられた。こちらも肩を叩き返している。あれがハグだったか。さりげなくやるのも難しいもんだね。
 空港へのシャトルバスの予約は午前四時半、二十分遅れてやってきた。マルタとエドワルドが見送ってくれた。夕べはハグして送るといっていた三人はどうやら夢の中らしい。
 薄暗い街の中を一人、二人とホテルを回ってピックアップしていく。突然、検問だ。しばらくいくと再度の検問。はじめて見ることになったが、これが政情不安定な国の現実の表情なのだろう。なりゆきに任せるしかないが、こちらからみると嫌がらせに見えてくる。五時半に近い。もう空港に着く予定と思っていたが、なにやかやでこんな時間だ。運転手はノプロブレム(問題ない)だという。街を離れた途端ブッ飛ばしだした。
 六時、空港到着。気がもめるがチェックインはなかなか進まない。六時半になってやっとチェックイン。そのまま搭乗。七時十分、テークオフ。
 アディオース グアテマラ。……ああおもしろかった。

[ 1999年11月 東北建設協会会報に掲載 ]

佐々木 哲郎


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